書店員なら高級ボールペンを使いましょう どうして同一機能なのに高額なものが存在し売れるのか

書店繁盛への道

ボールペン

それは書店員のみならず社会人の必須アイテムです。

注文書に数を入れる。連絡ノートに記入する。手書き領収書を発行する。

使わない日はありません。

うっかりボールペンを忘れた時のストレスたるや、手書き領収書来ないでくれ、と願うほどです。

極端な話、パンツを忘れても仕事できますが、ボールペンは無いと仕事になりません。

忘れた日には事務所から適当なポールペンを苦笑い浮かべながら拝借するものです。

で、だいたい借りてそのままパクッてしまうのです。

事務所には出版社営業さんから配られるボールペンが豊富にあるので多少借りパクされても、気にすることは無いのです。

今日のテーマはボールペンから考える高額商品です。

メカ書店員。ある事件をきっかけにボールペンを見直しました。

そこから高額商品に魅了されていったのです。

ボールペンを無くした、しかも1日に2本

100円程度のボールペンを使っていたのですがある時、朝の荷開けのどさくさで1本、営業中の問い合わせかの合間にもう1本無くしたのです。

それまで2週間に1度ぐらい割合で無くしていたのですが、さすがに1日に2本連続して無くしたことにショックを受けたのです。

2週間に1度ぐらい無くすこと自体おっちょこちょいに思われるでしょうが、とにかく書店は体を動かす仕事、バタバタしているうちに失せてしまうのです。

にしても、1日に2本紛失はショックでした。

どうしたら、ボールペンを無さないようになれるか。どう工夫をしたらいいのか。

そこで高いボールペンを使えば、無くした時のダメージが大きいから意識的になり無くさないだろう、と考えたのです。

さっそくパーカー(3,000円)のボールペンを買いました。

2週間に1度は無くしていたのが、ぱたりとやみました。

高いから無くさないように、と意識が張るのです。

ところが半年後、店舗改装のどさくさでこれまた紛失。

改装もそうですが他の店舗応援に行く、たな卸しをする。こういうイレギュラーな業務ほど無くしやすいのです。

しかし、3,000円で半年無くさなかったのであれば、もっと高級なボールペンならばどのくらいもつのか興味が出てきました。

ということで、現在僕が使っているボールペンは、30,000円のボールペンです。

万越えボールペンを使ってわかったこと

万超えるボールペンを使ってわかった3つのメリットがあります。

無くしても誰かが探してくれる

1週間ほど紛失したことがあるのですが、同僚が見つけて「これ、高いのでしょ」と手元に戻ってきました。

100円のボールペンなら無くしても周りは気にも止めませんが、万越えになると気にしてくれるのです。

お客様が喜ぶ

お客様に貸す場合も100円のボールペンとは違う重みに気付きます。

高級なペンを使えたということで、お客様に優越感を与えることができるのです。

車や不動産といった高額の契約書に高級なペンを演出として使うのはワケがあるのです。100円や〇〇出版といった宣伝の入っているボールペンではできない特別感。これをちょっとした「おもてなし」として与えることができるのです。

使うほどに愛着がわく

また、このペン。芯を出すのに頭をひねるのですが、ピキーンと心地よい金属音が出るのです。これがカッコいい。

もう10年ぐらい使っているので、もう金属音は出ませんし、ボディも傷ついていますが愛着が生まれます。しかも、年々値上がりしているので、高級腕時計に資産価値があるのと似た感覚があります。

そして、なにより、無くさない。

というメリットはデカいです。モノを大切にしている、エコだ、自らを律することができている。

色々表現は出来ますが、今までしょっちゅうなくしていたアイテムが、自分の体の一部になったような感覚が嬉しく感じるのです。

ぜひとも、書店員こそ100円のボールペンではなく、少し高い…できれば万越えのボールペンを使う方がいいぞ、と考えるのです。

安物にはコスパの毒があります

それでもボールペンなら100円で十分ではないか。安ければ安いほど良い、という考え方があります。いわゆるコスパ勢です。

コスパが良いことが至上と考え行動するのですが、安さにこだわりだすと際限がありません。

少しでも高いものを買うのが苦痛なので、もっと安いものはないのか、もっと安いのはないのか、と依存症のように低価格を求めてしまうのです。

これはこのくらいの価格でないと買わない!と自分の中の値段が固定されてしまうと選択が貧相になります。

これは僕の例ですが、昔シーチキンが4缶198円で売っていました。平成一桁の時代の特売での話です。

僕の中でシーチキンはこの値段で固定されてしまっていて現在の特売価格298円では手が出ないのです。シーチキンは198円という固定概念が強固です。コンビニ弁当498円は平気に買えても、シーチキンを298円で買えないのです。なんだか損な気が先立つのです。

かように一度、味を占めると容易にコスパの毒から解放されないのです。

高級品が帯びる愛着やオーラ

現在使っているペンですが、普通のボールペンが200本以上買える値段です。

同じ書くという機能であれば、

三菱ジェットストリームパイロットVCORNのが優秀です。

あの鮮やかにインクが出る書き心地は高級ボールペンより上です。

しかし、特別なおもいを託せるかと言うと別です。


書店はいまや書籍だけではなく、雑貨も多く取り扱っています。

雑貨を取り扱っていると、自己の感覚ではちょっとこれは高いよなというものがあります。

これと似たようなものダイソーにもあるじゃん、と突っ込みを入れたくなるのです。

けれどもそれは自分の感覚であって、お客様は違います。

高くても価値を感じて買うのです。

さらに高いからこそ価値を見出して、わざわざ高い商品を買うこともあります。

丸の内の書店では手帳は4,000円の本革の手帳が人気だという新聞記事を読んだことがあります。

1年しか使わないものに、1,000円程度で標準的なものが買えるのにわざわざ本革製を買うのか。自分からすると理解できませんが、それが良く売れているというのはファクトなのです。

同一機能であっても値段の高いものがなぜ売れるのか。それは高い商品を身に付けることで、自分も高級になったような錯覚を覚える作用にあります。

僕自身、こころが折れそうなときボールペンを握りしめることがあります。すると、不思議とこころが軽くなるのです。頑張れてしまう。

身銭を多く支払ったものへの愛着。それはなにもボールペンだけではなく、服や小物、装身具、様々なものに宿るのです。きっと書籍にも。

ビジネスエリートが高級腕時計を身に付けますが、そういう背景があるためなのです。

書籍だって高級品として売れます

時々、万越えの書籍があります。

自分の財布事情で考えるとこれ売れないよ、と感じても意外と売れたりします。

たまに、腕試しで高額書籍を販売してみるのはいい経験になります。

お客様のスイッチが1,000円の本を売るのとは違うので、工夫がいりますが商人としての腕を磨くにはもってこいです。

また高額書籍を売る試みは上客がついているか判別するのに有効です。

落語の大型本、オペラ、美術全集、豪華装丁漫画、地域の思い出写真集こういった高額な書籍になればなるほど実物が見たい。ネットでは感覚掴めないからリアル店舗に行こうとなるのです。

かつて柏書店松原というジュエリー関係に強い専門出版社がありました。

そこが扱っていた2,3万円するジュエリー洋書を並べて販売したことがあります。

日々の売上は立ちませんが、甲府の宝石商がまとめて買ってくれたこともあり

結局、15万円ぐらいの売上で、フェアとしては成功でした。棚から巣立った書籍もきっと大切にされている事でしょう。

値段の安い本は売りやすいです。あまり頭を悩ませることはありません。しかし、そればかりではお客様がコスパ勢になるだけです。高額な書籍ならではの快楽を提供するのもまた書店員の腕です。

ああ、高いけど買ってしまった!というニンマリをお客様に体験していただこうではありませんか。

きっと、また豪華本を買ってくれます。そうやってお客様を導くのです。これもまた繁盛への道でなのです。

さて僕のボールペンですが、最近もっと高いボールペンが欲しくなってきました。10万円するボールペンも世の中にはあると聞き。いつか所有してみたいとWEBページみてはニヤニヤしています。

書籍もまた、こういった導き方もできるのではないかと考えながら。

今日はここまで

お読みいただきありがとうございました。

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