児童書を読むと頭が良くなる、というのはどこまで本当なのだろうか

書店あるある

児童書にはこのような神話がある。

本を読めば頭が良くなる。これはどこまで本当なのだろうか。

少なくとも、本に触れることで最低限の文字や図象を理解する能力はつくだろう。そういう意味は本を読めば、読む力が身について頭が良くなるというのは正しい。

では、この頭が良くなるの意味するところが、有名大学に入れる、天才を作る、人の気持ちが分かる人になる、とかになってくると怪しい。

検証のしようがないのである。

なんとなく、本を読むと情操教育にいい。教育上いいことがあると言いますが、どこまで本当なのでしょうか?

家庭に本がある身近に触れられることが出来たと、いうのは親の収入や環境が良かっただけにすぎない。結果的に教育を受けることができて、一般的に言う頭が良いに過ぎないのではないか。

本を読めば頭が良くなるなら、書店員はもっと花形のはずだが、、、

読書に絶対的な効用があるとすれば、平均以上読書している書店員はもっと成功していてもおかしくないです。書店員は銀行員並みの収入があり、書店はもっと繁盛しているべきではないでしょうか。

だが、現実にはそうではない。

あくまで書店はノウハウが集積している場所。書店員は読むことはするが、実践はせずにノウハウコレクターになっている。そんな気がします。

一部出版社は高給であることを考えあわせると、これは、新聞社と新聞販売店の差に相似したものを感じます。新聞を作り出す側、新聞を届ける側の待遇の格差に似た構造です。

何かを作り出す側のが尊くクリエイティブであるが、作られたものを売る側はそうではない、という構造です。このように読むだけでは超えられない壁があるのです。

書店員が豊かになりたいと考えるのであれば、発信を磨けばいいのです。

本は読むだけではなくコミュニケーションに使うものです

広い教養を持つとランクの高い一流人と歴史・哲学・文化・アートについて議論ができて仲良くなれる、出世できる。なんて話があります。特にアートは最近の流行です。

そのような効用をうたうのは、接待ゴルフのような雰囲気がしていかがわしいのですが、正しいなと僕は感じます。

接待ゴルフが出世に有利であると同様に、歴史・哲学・文化・アートを学び教養に深みを得ることで、ワンランク上のコミュニケーションが取れるのです。

読むことで頭が良くなるかは分かりません。ただ、引き出しが増えることは事実です。

読むだけではだめ、コミュニケーションを育むために読む。これを児童書に当てはめるとこういうことが分かります。

読んだ本について、子どもとお話をする、聞く、表現をすることが本道

・・・それは、読んだ本について、子どもとお話をする、聞く、表現をする。この体験が育む経験は確実にいい人生を歩む糧になるのです。

大人と子どもの共通の話題として児童書が使われ、共通の世界観が培われる。

コミュニケーションツールとして児童書は使われて最大の効果を発揮するのではないでしょうか。

それだけではありません。お父さん・お母さんが綿々と読んできた作品が子どもの心に、世代を超えて共有されるのです。

小説も名作はそうですよね。時代を超えて多くの人がテキストを読んでいて、様々な解釈がされ、それが作品をさらに豊かにしてゆく。

21世紀の児童書は子どもの興味を引きやすいという意味では商業的に成功しています。しかし、親子のコミュニケーションにどう使われるのだろうか。

親子の時間を彩る児童書こそ名作足りえて、その視点が最近の児童書には抜け落ちているのではないでしょうか。

いやー、一度、大人だけで、ガタロウ☆マンの「ももたろう」「こびとずかん」「給食番長」「ノラネコぐんだん」の読書会を突っ込み満載でやるべきなのかもしれません。

これらの作品群は面白いのだけど。だから何?感があるのです。座が白けるので、なかなかそういう事を言えないのですが。僕がシラケを感じてしまうのには、見方が養われていないせいではないか。自らの読み込みの浅さを感じているのです。

「ノラネコぐんだん」いつも、ワンワンさんが不憫だなと思うのです。

コミュニケーションのための児童書をつくるために

国語の教科書が、児童用、・先生用とは2種類あるように

児童書に子ども用と保護者用があっても良いのかもしれません。

本を与えておけば、子どもはいい子に育つのではなく、そこからのコミュニケーションが大切なのです。

よく、児童書売り場が託児所化します。お母さんとすれば、子どものひまつぶしに良かれと考えて放置しますが、あれはまさにダメな例です。

  • シールブックのシールを剥がしてしまう
  • とじ込みおまけを破いてしまう
  • カバーを外してしまう
  • 本でドミノのする

うちの子に限ってそんなことをしません!なんて思うかもしれませんが、

隣のちびっ子がはずみでやってしまうと、だったらいいのか。とやっちゃうのですね。

会社だってそうでしょ、誰かが有給取ると、有給取りやすい雰囲気になるじゃないですか。あれと同じです。

有給は悪くないのだけど、シールブックのシールを剥がしてしまうはダメですよね。

児童書売り場に遊具を置くのではなく、児童書に詳しいスタッフを配置して、ちびっ子と一緒に探そう、なんて売り場があれば、それはなんて幸福な売り場だろうかと思います。

ちびっ子にこそ、この本は文字だらけだけど深いのだ。といった案内できる人がいたらいいな。

そう、夢想するのです。

今日はここまで

お読みいただきありがとうございました。

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