出版社にとって一番うれしい本は、定番が定番のままずっと売れ続けるものです。
できれば、著作権が切れていて毎年国民が読むようなものがいい。
夏の文庫100を各社やっていますが、必ず著作権の切れた芥川龍之介や夏目漱石が含まれています。きっと、あれは利益率高いのでしょう。
ぶっちゃけ青空文庫で読めるのですが、毎年定番として売れるから書店員としてはラインナップから外すわけにはいかない。
なんとも、もどかしい夏100ですが、出版社にしてみれば、刷れば毎年売れる。こんなうれしいことはないですね。
常に刷れば売れるそんなアイテムを沢山持っているジャンルがあります。それが児童書です。
不思議なことに、昔からの定番が売れ続ける児童書なのですが
近年、キワモノな絵本が目立っています。
例えば、こんな「ももたろう」があります。
一体どうしてこうなってしまったのか?
今回のテーマは児童書について。
児童書こそ色々な書店の課題と未来が内包されているジャンルと僕は見ています。
自己紹介
申し遅れました
私 メカ書店員と申します。
10年以上書店業界にいます。
書店員として経験してきたことは
- 旗艦店
- 新店立ち上げ
- 書店外商
- 管理職
- 本部
- 都会の店舗
- 田舎の店舗
- 本のないお店
と様々な場所を経験してきました。
売れ方やお客様を見ながら棚を再構成し、担当した棚はいずれも、売上を上げ再生させました。
その経験から、今回は児童書について語ってゆきます。
ちなみに
好きな児童書は「100万回生きたねこ」です。
あれ、反則でしょ。
生きるって、ああいうことでしょ。好きです。
定番が定番のままずっと売れ続ける現象とは
定番が定番のままずっと売れ続けるというのは、児童書に限らず他のジャンルにもあるにはあります。
「バカの壁」「ノルウェイの森」「思考の整理学」はいつも売れている印象があります。
けれどもそれはごく一部で、かつてうず高く積まれた「血液型占い」「聞く力」「心を整える」各種ダイエット本(もう、タイトルも忘れた!)がいつまでも売れるかというと、5年もたてば売れなくなります。
BOOKOFFを見ると溢れてますよね、ちょっと前のヒット作。
なぜ売れなくなるかと言えば、話題でなくなるためです。
話題でないとPV数を稼げないブログと同様に、書籍も話題でないと売れないのです。
「バカの壁」「ノルウェイの森」「思考の整理学」だって、話題で無くなれば売れないのですが、
出版社が「2010年代最も売れた」「クリスマスプレゼントならこの色でしょ」「東大生協でナンバーワン」と実績を強調するものだから、だったら買ってしまおうかと売れるのです。
一度売れたものがさらに売れる、というのが書籍の特徴です。一度、この好循環に乗れば売れたことを惹句に売りのばすことが出来るのです。
「大切なことは目に見えないんだよ。」のあの本!定番がずっと売れる典型
あと、定番で売れると言えば「星の王子さま」です。
「大切なことは目に見えないんだよ。」って、こころのひだをつかむ惹句ですよね。
すっと脳に入ってきて、そうだなと思わせる魔力がある。
これ占い師が使うコールドリーディングそのものなのですが、上手いものです。
個人的な体験ですが、クリスマス時期のフェアの商品で困ったときに、
クリスマスといえば、星のついたクリスマスツリー、星と言えば星の王子さま!
とベタな発想から、200冊取り寄せて積みました!
「もう、読んでいますよね?!」「年末にこそ、じっくりもう一度読みたい」「大切なことは目に見えないんだよ。」とPOPを散りばめて、面白いほど売れたのに、手応え感じた一方で、消費者心理というのはかくも単純なのかと引いた記憶があります。
このように、「なんとなく知っている」の前提がある本は、売れやすいのです。
年間8万ともいわれる新刊が濁流のように押し寄せる書店において、「なんとなく知っている」に守られ不動で挿っている書籍は激流の中の巌(いわお)のようなものなのです。
そんな、巌がゴロゴロしているのが児童書です。
児童書の定番は「なんとなく知っている」書籍ばかり
はらぺこあおむし。ミッフィー。いないいないばあっ!
きんぎょがにげた。しろくまちゃんのほっとけーき。もこもこもこ。
いずれのも恐るべき巌です。
作者が死んでも売れ続ける。
定番はド定番として昭和の頃からの定番として重版90刷超!と君臨しています。
先ほどの、星の王子さまみたいに「なんとなく知っている」が、大きいのです。親近感が増幅されている。
さらに児童書の購入決定者は子どもではありません。お財布をもっている人の「なんとなく知っている」が売上を左右するのです。
こういう、ジャンルにおいて新刊は厳しい戦いを強いられます。直球勝負が出来ず、奇をてらいがちになるのです。
児童書の新刊の厳しさ
新参の児童書は本当に厳しいです。
ボローニャ国際児童図書賞なんてありますが、実売に影響しません。
雑誌MOEで推されたからと言って必ず定番になるものではありません。
ちなみに雑誌MOEが主宰する過去の絵本屋さん大賞については、こちらのサイトにまとめられています。https://www.momotoyuin.com/entry/MOE-ehon
チェックすれば、ああ見たことある絵本だと懐かしい気持ちになると同時に、定番化していないものも多く絵本の市場の厳しさを感じます。
たしかに、ヨシタニシンスケさんは別格です。2010年代に児童書で定番となった著者といっていいでしょう。
大賞を2013、2015、2016、2017、2018、2020。6回!も取っています。
ベストジーニストと言えば、キムタクのように殿堂入りクラスです。
しかし、それでもってしても。実売は「はらぺこあおむし」に負けているのではないでしょうか。
「はらぺこあおむし」は新人相手でも手加減せずに売上を作ります。自重しません。定番恐るべしです。
新刊が苦戦するのに、出版社がこぞって参入する、児童書の怪
出版社営業さんが、今日は児童書担当を紹介していただけませんか?2010年あたりから、そんな事を言い出すようになりました。
聞けば児童書に新規参入することになったので、担当を紹介していただきたいとのこと。
はて、定番が激強の児童書になんて・・・思ったものです。
これは、驚くほど書籍市場が縮小する中で、児童書が健闘しているどころか、わずかに増えているため児童書に活路を見出そうとした出版社が続出したのです。
書籍市場の推移については詳しくはこちらのサイトがまとめていてわかりやすいです。

しかも児童書。定番になれば、ずっと売れ続けます(そんなこと滅多にないですがね。)
「ジャンルがプラス成長ならば、うちも参入しましょう。バスに乗り遅れるな。」
そのようなやり取りが、出版社内であったのでしょう。プラス成長のように見える児童書に各社強力にシフトしたのです。
ちょうど、中国市場で児童書が大きく伸びているという事情も児童書シフトを進めるきっかけとなりました。
日本で売ってそれを版権営業して中国で売れば二度おいしいのです。
出版社の中には縮小する日本の市場を見捨ててはしないものの、国内の市場だけではなく海外で売ろうと考えるところがあります。書店員に対しては気を使って言いませんが。漏れ伝わる中国市場での景気のいい話を聞くと、書籍を売るのは日本の書店だけではないよね、という動きを感じます。
【余談】中国が国家として推し進める、シャレオツ書店が興味深いです
余談ですが、中国が国家として推し進める、シャレオツ書店が興味深いです。
国家権力と書籍販売を並行して考えた時。中国にどんな未来が待ち受けているのか。どんな未来を選び取るのだろうかと想像をめぐらすのです。
世の中には「北朝鮮文学」という金一族を称えるためだけの文学が存在します。そのための専業作家がいて、特異なレトリックが磨かれているのです。
時々、翻訳され伝わる国営放送の字幕ありますが、それはかの国の「お約束」なのですね。
さて中国。指導者の教えを書店の目立つところに置くなんてやっているのですが、これが今後北朝鮮のそれに相似するのではないか、というところに興味があるのです。
金一族のための「北朝鮮文学」と聞いて、クスクス笑っているかもしれませんが、日本だって特定のモノ・コト・ヒトを称えるための文章・文学があるのですよ。
しれっと、洗脳のための本が置いてあったりします。
私たちは、文字・文章というものがそういう使い方もできるんだ、という事を恐れなければならない。と僕は思うのだな。
関連記事 日本のシャレオツ書店についてはこちら
余談おしまい。
各社が児童書に進出した時。書店もまた変わっていった
2010年代、新しい書店の特徴として、児童書が豊富、休憩できることをうりにした店が多くありました。
確かに書籍売上で児童書が占める割合が増えたのは事実です。
にしても、大規模に児童書コーナー増やしても、棚効率はどうなのだろうか、棚割りからして不均衡を感じるお店。
保護者と子どもがくつろげるスペースがしっかりしている、しかし、そのケアは現場任せの設計。いざ、開店してからトラブルが発生するお店が何件も作られたのです。
本を売る場所とくつろぐ空間は両立しえるのか?首を傾げつつも、集客にプラスの作用がある空間作りからと、強引に推し進められていった印象を僕は持っています。
さて、出版社・書店ともに児童書拡充に舵を切ったのですが、それはその後どうなったでしょうか。
児童書に進出した出版社は定番を作れたか
児童書に進出した出版社ですが、定番を作り出すことができたでしょうか?
様々な児童書が色々な版元から新規に出されましたが、定番になったのはごく一部で、相変わらず昭和に出た児童書が優勢ではないでしょうか?
ヨシタニシンスケさんは主著はブロンズ新社から出しています。ブロンズ新社は児童書出版社ですので、新たに児童書に進出した出版社で定番を得たところはほとんどないのではないでしょうか。
(ヨシタニシンスケさんの一部著書はPHPから出ています。その意味ではPHPは定番を得たといえますが、この例ぐらいしか思い浮かびません。)
児童書の売上が伸びたという事象はデータとして総計では正しいです。しかし、これは単に
- 児童書新規参入出版社の営業力の結果
- 書店の児童書売場面積の増大
の結果だけなのではないでしょうか。
その間にどのような児童書が出たのか、定番に負けないようにするために、インパクト重視の奇をてらった絵本ばかりではないでしょうか。
パンダ銭湯。給食番長。人面きのこが草むらに住んでいるような絵本。
一時的に話題になりましたが、定番に出来たかというと苦しく思います。
一方、児童書在庫を増やした書店はどうなったか
たくさんの児童書を置き、子どもとのくつろぎスペースをうりにした書店どうなったでしょうか。
たしかに、たくさんの児童書がある。しかし、単に棚に挿さっているだけで回転率の悪いものが多いです。
子どもとのくつろぎスペースは運用してみてれば、託児所化してしまう。
やんちゃな子どもによる汚破損本が続出。
- シールブックのシールを剥がして貼ってしまう
- とじ込みおまけを剥がしてしまう
- カバーを外してしまう。
- 本でドミノのする
うちの子に限ってそんなことをしません!なんて思うかもしれませんが、
隣のちびっ子がはずみでやってしまうと、だったらいいのか、とやっちゃうのですね。人は易きに傾くのです。
会社だってそうでしょ、誰かが有給取ると、有給取りやすい雰囲気になるじゃないですか。あれと同じです。
託児所化に対して、巡回を増やす、スタッフを常駐させる、などの対策があるのですが、すべての絵本にシュリンクをかけるという悪手を打ってしまう。
すべての絵本にシュリンクをかけられている(そのためにスタッフを割いている!)
結果的に子どもは気軽に絵本を読めない環境になっている。
スタッフは仕事量が増えている。
これは誰が幸せになったのだろうかという迷走ぶりです。
さらに、当初のコンセプトを重視するあまり、商品のラインナップがお客様の成長にあわせて変化していない。
児童書に集ったちびっ子も5年経てば小学生です。さらに、中学生になってゆきます。お店の品揃えも実売を見つつ、お客様の成長にあわせた変化をするのが当然なのですが、それができない。
できないのは当初のコンセプトにとらわれ過ぎているから。
絵本を中心とした児童書は充実しているが、成長に伴い必要となる、学習参考書・ライトノベル・ジュブナイルの整備できていないのです。
お店は見かけ上、売り場に、幼児とお母さんが一緒にいるけど、書籍の購買に結びついているか怪しく。くつろぎの空間というコンセプトを重視した結果、のんびり無料で座って過ごすだけで、お金は落とさない。
やれやれな結果になっているのではないでしょうか。
ぶっちゃけ、残念な結果と言えます
児童書への進出は壮大な実験でした。
出版社は定番となる金鉱脈を見つけられず。
書店は、棚効率の悪い児童書を不良在庫として抱えました。子どもとのくつろぎスペースの設置は、お客様の本を買う意識を希薄にする装置として働きました。
結果、無料で滞在するフリーライダーを生み出し、ますます窮する。
そんな不幸な結果だと考えます。
ついに2019年児童書売り上げの伸びはマイナスとなりました。
それでも児童書の売上げが保たれているのはどうしてか、分かっている出版社は気付いて行動しています
つるべ落としな書籍全体の売上。その中で児童書が持ちこたえたのは、児童書を取り巻く環境ではないでしょうか。ここに他のジャンルが学ぶことがあります。
雑誌・文庫の形をした情報に対して、お客様はそこにお金をかけるのではなく、別のものに代替できると気付いたのです。
具体的に言えばスマホで情報を取れるし、電子書籍も現れた。必ずしも情報が本の形でなくてもよくなったのです。
一方、児童書はそうもいかなかった。代替が効かなかったのです。
児童書はなぜ保たれたか、
子どもがスマホを使わず、電子書籍に触れないという環境。
基本オールカラーのため、電子ペーパーでは対応できない。
タブレットは子どもに操作させるにはもう少し年齢が必要。
子どもだから、ネットにアクセスしづらいという部分が大きいです。
それだけではありません。
児童書によく見られる、言葉の大きさ、図像でもって視覚に訴える仕組みは、スマホやタブレット、電子書籍端末では小さすぎませんか。
一部出版社は気付いているのですが、絵本が持つ言葉の大きさ、図像でもって視覚に訴える仕組みを他ジャンルの書籍を作る際に援用をしています。
実用書やビジネス書にここ数年、図解もの増えているのは、その証左ではないでしょうか。
図や絵を豊富に使った大判の書籍が増えたのは、書籍の児童書化とも言えます。
その狙いは、電子書籍では実現できない紙の本だからできる訴求を強調しているのだと考えます。
ここに、児童書のように売上を維持するヒントがあると思うのです。
まとめ
2010年代一番変化のあったのが児童書業界です。ここに出版社・書店の問題が凝縮されていると考え書き進めました。
書店において子どもとのくつろぎコーナーが増えたのは、お客様にアンケートを取った結果だと言います。
お客様が欲しいと思うものを実現した、それは一見正しいことなのですが、資金を回収できなければ商売になりません。
2010年代の新店舗での実験結果は、やがて2020年代に明らかになることでしょう。
・・・書店設計において、どうしてこういうちびっ子カオスを生むくつろぎ空間がなぜ作られたのか。
・・・子どもがくつろげるだけが目的なら、やわらかい椅子と絨毯だけでいいのだが、滑り台が何故かあるのは適切なのか。
・・・べたべた他の子どもが触った絵本をお客様は買うのか?ますます書店のAmazonショールーム化を進めてしまっただけではないか。
書店の王道は商品に向き合って商品を知って上で提案をしっかり行うことです。これが解だと考えるのですが。現場からの提案を軽んじ、空間、雰囲気に頼ったというのは、正しかったのか。
選んでしまった道を振り返るとすこし暗い気分になります。ですが、様々な反省の元、出版社は出版編集を児童書化することで、紙の本の良さを発信しています。
書店もまた、様々な反省をすることで、くつろぎスペースにお金かけ過ぎたよね。児童書あそこまで増やさなくても良かったよね。棚効率しっかり見るようにします。現場の発信力が特色ある店づくりだよね。だから、現場の発信力・待遇の改善に注力しよう。やるべきことをやるというのが王道だと気づくことでしょう。
そうなってゆきたいですし、それを期待しているからこそ、僕は発信をするのです。
児童書について2010年代に出たものはキワモノが多い。そう書きましたが、一つこころに跡を曳いている1冊があります。
表参道の山陽堂書店でたまたま原画展があったので知った『二番目の悪者』です。
おかしいことを、おかしくない?と言えないままがために状況が悪化してゆく動物たちを描いたこの絵本は社会風刺そのものです。みかたを変えれば会社風刺とも言えます。
絵本が持つ力を感じる1冊です。
相変わらず「はらぺこあおむし」など定番が新人相手に容赦ない児童書界ですが、小さな出版社からこのような本が出版されたことに、出版界の底力と希望を感じるのです。
今日はここまで。
お読みいただきありがとうございました。